POOHの世間話コーナー

エリック・カズ初来日ツアー滞在記 その7
 - 横浜サムズ・アップ -

 9月11日(水)「ラグタイム」での山口公演も無事に終了し、その翌日12日(木)は「サムズ・アップ」で行なわれる横浜公演です。横浜公演の模様は、ピーター・バラカンさんがホストで有名な衛星放送「VIEWSIC」の番組『PETER BARAKAN'S SHOW』でオンエアすべく、ビデオ撮影隊が収録に来る事になっていました。横浜の「サムズ・アップ」に到着したのは午後5時過ぎ。撮影隊が既にビデオ・カメラを廻しています。エリックとミキサーの方のやりとりをハジメさんが通訳しつつ、サウンドチェックが行なわれていました。トムス・キャビンの麻田さんの顔も見えます。程なくして、ピーター・バラカンさんも会場にいらっしゃいました。バラカンさんは去年1月にプー横丁がスライス・オブ・ライフを立ち上げた当初から、発売したCDを番組で紹介するなど色々と応援して下さっていて、今回の『1000年の悲しみ』のCDや来日ツアーに関しても随分と協力して頂いていました。お会いするのは初めてだったのでご挨拶しました。

 実は、広島・山口と連夜のコンサートでエリックは、かなり疲れていました。元々のスケジュールでは、横浜でのコンサート終了後その夜のうちに新宿に予約してあるホテルに移動し、翌日の午後に予定されている音楽メディアの取材に備える、という事になっていました。でも「コンサート後の移動はツライ。終わったら出来るだけ早くホテルに戻って休みたい」とのエリックの要望を聞き入れて「サムズ・アップ」から徒歩スグの某ホテルに当夜の宿泊先を変える事になりました。

 サウンド・チェックを済ませ、エリックと麻田さんと私の3人はホテルに向かう途中(スミマセン。全くの「よそ者」なので何処をどう通ったなんてのが分からず何もここに書けません)で、エリックが「コーヒーでも飲まないか」と言い出し、セルフ・サービスのコーヒー・ショップに入る事に。ケーキやクッキーには目が無いエリックは、飲み物と一緒にパウンド・ケーキも注文していました。テーブルに着いた2人に、私は京都から持参した『IF YOU'RE LONELY』とベアーの『GREETINGS, CHILDREN OF PARADISE』のLPジャケット(のみ)を紙袋から出して見せました。ベアーの表ジャケットのアーティ・トラウムの顔を見て「アーティ、若いなぁ」とエリック。「ずっと前は僕もコレ持ってたよ。今は無いけど」と麻田氏。「そうか、麻田さんも今はベアーのLPは持ってないのかぁ」と私が一瞬の「ささやかな優越感」に浸りかけた時、麻田さんが物凄い事を言いました。「でも、僕はベアーのライヴ、確か1回見てるんだ」と。何とセンセーショナルな言葉でしょう、「ベアーのライヴを見た」だなんて。それを自慢げでもなく「過去の一事実を語ったまで」という感じで発せられた一言に、私は羨ましいのを通り越してただ驚くだけ。でも、これは仕方ないのです。麻田氏は1967年〜1969年にグリニッチ・ヴィレッジに住み、当時の「かの地」の音楽シーンをリアル・タイムで見聞し経験した数少ない日本人の1人なのですから。私も含め、そんじょそこらの音楽ファンが束になってかかっても太刀打ちできず、勝負(?)は初めからついているのです。

 それから、その店を出てホテルでチェックイン。エリックと私は、それぞれの部屋で暫し休息。午後7時にロビーまで迎えにきてくれたハジメ氏に連れられ、開演間際の「サムズ・アップ」へ。途中でエリックが「ここは《ヨコハマ》、それとも《ヨコマハ》どっちだったっけ?」なんて頼りない事を言うので「ヨコハマ。ほら、リンダ・ロンシュタットが『SIMPLE DREAM(邦題: 夢はひとつだけ)』に入ってる「Tumblin' Dice」の中で《ヨッコ〜ハ〜マ〜》って歌ってるでしょう」と教えると「ああ、そうそう。《ヨッコ〜ハ〜マ〜》ってリンダが歌ってたな。これで覚えられたよ。サンキューPOOH」とエリック。「サムズ・アップ」の楽屋で少し待機した後「OK。さぁショウ・タイムの始まりだ」と気合いを入れたエリックがステージへ向かいました。直前に「PA関係で何かあったらスグに対処して欲しいから、出来るだけ僕の近くに居て」と頼まれたハジメ氏は、エリックが弾くキーボードの傍の床に座り込んで、エリックを注視しています。私は他のお客さんの邪魔にならないような立ち位置を一番後ろの方に何とか確保し、ステージを見ました。

 横浜のコンサートも素晴らしいものでした。キャパ150席の前売りチケットは完売。当日券30枚も売切れとかで、立ち見も含めて「サムズ・アップ」の客席は満杯。けれど、心配な事もコンサート前にはありました。当夜は会場の関係でヤマハのクラヴィノーヴァ(という、アコースティック・ピアノに近いサウンドとタッチで有名らしいエレクトリック・ピアノ)を使う事になっていて、アコースティック・ピアノにこだわるエリックが、万が一にもそっ気ないプレイをしたらどうしようと心の隅で私は案じていました。でも、その心配は徒労に帰する事になったのです。いつも通り一番最初にアコースティック・ギターの弾き語りで何曲か歌ったのですが、その時からお客さんの反応が凄く良いというか、1曲歌い終わるごとに会場に拡がる拍手にとても温かいものを感じました。数曲目で既にエリックもパワー全開って感じで歌っています。私の記憶が正しければ、かなり早い段階で「今夜はコンサートじゃなくてパーティだね。皆んなL.A.の僕のリヴィング・ルームにいると思って楽しんで下さい」なんて言葉がエリックの口から飛び出しました。「ツギノ・キョク・ワLove Has No Prideデス」と紹介した時の拍手も一際大きかったし、ステージと客席が一体になってるのが見てとれます。お客さんと一緒に歌う「Mother Earth」では、その1単語だけじゃなくてリフの4行とも全部を無理なく歌えるファンの方がかなり多くいらっしゃり、私も驚きました。「ここでニュー・ソングをやります」と言った時もスグに大きな拍手があって、その新曲「Watching Picasso Paint」を歌い終えた時の拍手も「良かったよ、エリック。ありがとう」という気持ちの込もったものに思えました。「ドウモアリガト、ヨコハマ」と言って、一旦楽屋に戻ったエリック。沸き起こるアンコールの拍手。汗を拭き、水を飲んで、再び気合いを入れ直してエリックが楽屋を出ます。途中「もし、要望があったら2度目のアンコールも受けるから」と早口でハジメ氏に伝えてステージへ。1回目のアンコールに応えた後、拍手の鳴り止まぬ中で今度は水も飲まず、スグにステージに戻りました。そして「何かリクエストがあれば?」と客席に訊ねた時、間髪入れず「The Romance」という声が飛びました。後で麻田氏も「エリックがザ・ロマンス歌ったよね、アンコールで。珍しいね。他の所でやってないんじゃない?」と私に訊ねていましたが、私も「ウ〜ム、ここでこの曲をリクエストするなんて渋いなぁ」と感心し、声のした辺りを見ましたが、客席は真っ暗で勿論どなたがリクエストしたかは分かりません。エリックにとっても嬉しい驚きだったのではないでしょうか。静まりかえった客席に「心を込めて歌い上げる」という感じで「The Romance」を演奏した後、さほど間を置かず「Tonight, The Sky's About To Cry」をピアノの弾き語りでやりました。これも「絶品」でした。楽屋に戻ったエリックに私が思わず「今夜の演奏は、凄く良かった。特に2回目のアンコールは2曲とも完璧だった。感動しました」と伝えると「サンキュー、POOH。今夜は皆んな最高のオーディエンスだったな」とエリック。やっぱりエリックもステージに立っていて、その事をヒシヒシと感じていたようです。 

 終演後「サムズ・アップ」の出入口前の広い通路の端に長テーブルとイスを置いてサイン会の準備ができると、エリックが再びファンの方の前に登場。拍手が起こります。希望者にはファースト・ネームも書き添えてエリックは次々とCDやTシャツにサインしています。すぐ横ではハジメ氏が順番待ちの次の人に「サインするCDのジャケットを前もって出しといて下さい」とか言って手際よくお願いをしています。疲れていない筈はないエリックの身体を気遣うハジメ氏は出来るだけ手早く進めようとしますが、エリックは質問するファンには1つ1つ丁寧に応えています。サインをもらった後「一緒に写真を」と頼む方もかなり多く、その度にエリックは立ち上がり、イスを横へやってから、その時々の人数分を考慮した上でカメラに収まるベストな立ち位置を素早く選んであげているようです。次々とファンが新たに加わるので、通路に並んだ順番待ちの列は一向に短くなりません。かなり待ってようやく順番が回って来た或る小柄な女性が「あなたの歌が大好きです。実は私シンガーなんです」とエリックに言いました。2、3言葉を交わした後、エリックは彼女に促すようにして「Love Has No Pride」のリフを一緒に歌い、最後の「see you again」のところを、メロディを歌う彼女に対して上のパートを歌ってハモるというプレゼント。「グッド・ラック。頑張って歌い続けて下さい」とエリックに言われ、頬を紅潮させて彼女は帰って行きました。そんな風なので、サイン会は(ハジメ氏の心配をヨソに)延々1時間以上も続いたと思います。その間、エリックは何度立ち上がり、カメラにポーズをとり、中腰でツアーTシャツにサインをし、握手した事でしょうか。もの凄い体力、忍耐力、そして集中力です。

 最後のファンも帰られた後、緊張の糸が途切れたからでしょうか。さすがのエリックも疲れた表情を隠しません。「サムズ・アップ」店内に打ち上げの席が設けられ、乾杯してからエリックはスタッフや関係者にねぎらいと感謝の言葉をかけていましたが、続けて皆んなと共に食事をするには「余りに疲れてしまっているので」とハジメ氏に付き添われ、先にホテルに帰る事に。メイン・ゲストを欠いた宴は、少しトーン・ダウンしつつも「でも、エリックって偉いよねぇ。あれだけファンの事を考えて丁寧にサイン会できるアーティストっている?」「そうだよねぇ。いないよねぇ」といったスタッフの方の言葉も飛び交う中、1時間ほど続いたと思います。それから1人で歩いてホテルまで帰った私は、限りなく下戸に近いにも拘らず、素晴らしかったコンサートの余韻と「エリックがいないのは残念だけれど英語をしゃべったり聞いたりしなくてもよくなった」開放感から、さっきの打ち上げで生ビールを(私にとっては致死量に近い)中ジョッキに2杯近く飲んだので、その後どうしてベッドに入ったか記憶がないまま、「明日はスライス・オブ・ライフが仕切らないといけない大事な取材の日だ。頑張らなくては」という思いが微かに頭に浮かびつつも、殆ど何も考えずにグッスリ眠ったのでした。

 

※続きは「エリック・カズ初来日ツアー滞在記 / その8」

 

 

世間話の目次に戻る

プー横丁のトップページへ

SLICE OF LIFE トップページへ