つづき

 

 そんな会話をしている間にもアーティの家にはレコード会社や友達から結構頻繁に電話がかかってきます。「今のはジョニー(ジョン・ヘラルドの事。親しい友人にファースト・ネームがジョンと付く人が多いからでしょうか。こう呼んでいました。セバスチャンやホールを呼ぶ時はどう言うのでしょう?)からの電話で、1時間後にここに来るって。じゃあ、それまでにPOOHが行きたがってたベアズヴィル・スタジオに僕の車で行こうか」とアーティ。もともとベアズヴィル地区にあるアーティの家からスタジオはスグでした。と思ったら、そこはスタジオから少し離れたベアズヴィルのオフィスで、例の熊の顔の大きなロゴ・マークが壁に貼られています。スタジオ・マネージャーの男性にアーティがまず挨拶してから、私を紹介してくれました。それから、いよいよスタジオへ。

 今でもベアズヴィル・スタジオは多くのアーティストの予約で一杯らしく、その日も大きい方のスタジオは使われていたのですが、録音が終わって見学OKになったらアーティ宅に知らせが届くようにしてくれていて、その連絡があったんで我々は来たという訳です。スタジオに到着し、木造2階建ての建物(余りの感動と興奮で外観の写真を撮るのを忘れていたので、その時のまだ時差ボケの頭に刻みこんだスタジオ外観の映像は予想していた通りだったという印象だけで、今詳細にお伝えできません)の中に入り、アーティが連絡してくれていた知合いのスタジオ責任者の方の案内で、まず大きな方の「スタジオA」に向かいました。廊下にはザ・バンドの写真など、ベアーズヴィルゆかりのアーティストの写真が幾つも壁に掲げられています。「スタジオA」に入ると、天井まで吹き抜け、全床面フローリングになっていて、ちょっとした体育館のような広いスペース。隅の方には沢山のマイク・スタンドが並んでいます。

 「ザ・バンドのアルバムなんかは、ここでレコーディングされたんだよ」とアーティ。その頃の事を詳しく訊くには、スタジオ責任者氏は若く、幾つか質問してみましたが明確な答えはもらえませんでした。「マッド・エイカーズやウッドストック・マウンテンズ・レヴューの録音は隣りのもっと小さいスタジオBでやったんだ。行ってみる?」「モチロン!!」という訳で、足を踏み入れた「スタジオB」は、本当にこじんまりしたスペース。ハッピーやアーティ達の当時のレコーディングから漂うアット・ホームな雰囲気は「このスタジオで録音したからこそなんだなぁ」という事も容易に窺い知れました。そんな思いを1人めぐらしていたら、アーティが「皆んなして輪になってこうして座って録音してたんだ」と中腰になって当時のレコーディングの様子を話し始めました。「僕がここに座ってギター弾いてると、こっちでビル・キースがバンジョー、そっちでロリー・サリーがベースを弾いてるって具合で、何人ものミュージシャンが顔を寄せあって録音したんだ」と、中腰のまま位置を変えたりしてメンバーの座っていた場所やなんかを身ぶり手ぶりで説明。それを見聞きしていたら、当時のスタジオの様子が一瞬(まるで映画の回想シーンか何かのように)その時の彼等が楽器を持って歌っているのが見えた気がしました。その途端、予期せぬ感動・感情がグッと込み上げてきて、目がうるんでしまい、殆ど涙が溢れそうになりました。スタジオ責任者氏はちょっと面くらい、アーティはウンウンと頷いています。私が鼻声で「ここへ来て、当時の彼等が立った同じ床の上に立って、彼等が吸ったのと同じスタジオの中の空気が吸えて、今とても幸せな気持ちになったんだ」と説明したら、アーティは「スタジオの外のコンソールとかの機材は変わったけれど、スタジオの中は、当時のまんまだよ。少しも変わってない」と言ってくれ、スタジオ責任者氏に「POOHは我々がここで作った音楽のBIG FANで、ずっとサポートしてくれているんだ」と説明し、彼は状況が分かったらしく、なるほどという感じでニッコリと私に微笑みかけました。

 スタジオを出て、アーティの車に再び乗り、同じ敷地内のもう1つのスタジオへ。「ここが通称ザ・バーン(The Barn)と呼ばれているスタジオで、何年か前の夏に、ここで日本のアーティストのモトハル・サノと彼のバンドがレコーディングしたよね」「ああ、あの時、彼等が行く事をアーティや何人かのウッドストックの友達に知らせたら、アーティとジム・ウィーダーはスタジオまで彼等に会いに行ってくれたんだったね」「そうそう、連中は皆んなグレイト・ガイだった。で、POOHは降りてスタジオの前で写真を撮りたいかい? ジョニーがもう家に着いてるかも知れないんで、あんまり時間は無いんだけど」と言われ、一瞬、佐野元春&THE HOBO KING BANDのウッドストック録音アルバム『THE BARN』の表ジャケットの佐野氏と同じポーズをまねてアーティに撮ってもらう事も思い浮かびましたが「いや、それならスグにアーティの家に戻る方が良いと思う」「OK、じゃあ帰ろう」という訳で、アーティ宅に戻りました。

 

 


手前がトム・アクステンス
後ろがハッピー・トラウム


[前列左より]ジム・ウィーダー、アーティの奥さんビヴァリー、アーティ・トラウム
[後列左より]ユージーン・ラファロ、ハッピーの奥さんジェーン、ハッピー・トラウム

 

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