POOHの世間話コーナー

エリック・カズ初来日ツアー滞在記 その5
 - 京都での休日 -

 次の日、9月9日(月)は、初日から連続4日の公演を終えて初めてのオフ日。来日前からエリックも楽しみにしていた京都での休日です。特にきっちりしたスケジュールを決めていた訳ではなく、南禅寺近くの豆腐料理の店での食事の前後どちらかに清水寺を案内しようかな、という程度。どちらも去年の9月に来日した際、ハッピー・トラウム夫妻を連れていった場所であり、主に中川イサト氏が海外のアコースティック・ギタリストを招聘した時の京都のオフ日に「清水寺〜南禅寺」というのは、イサトさんとそのギタリストと共に回る事の多いコースでした。それ以上は、エリックの体調を見つつ、本人が希望すれば何処に行くか相談しながら決めようと考えていました。前夜の「磔磔」でのライヴが終わってからハジメさんと打ち合わせした時に「明日は朝のうちにエリックとコインランドリーに行きたいと思ってるんで、お昼の12時頃に約束って事でいいですか」って事になってたのですが、ホテルに向かう途中で携帯にハジメ氏から連絡があり「ホテルからコインランドリーの往復でエリックが少し疲れた様子で、さっきから部屋で仮眠をとってるんです」との事。前日にアレだけのライヴをし、1時間ほどサイン会もやったのですから、疲れが残ってない方が不思議な位です。「そうしましょう」という事で、エリックには充分に休んでもらう事にし、ホテルに着いた私は、ハジメさんの部屋で世間話。3年前からトムス(・キャビン)の仕事をしているというハジメさんに私は77年は4月にガイ・クラーク、5月にジェフ・マルダー&エイモス・ギャレット、6月にマッド・エイカーズがトムスの招聘で3ヶ月連続して来日した話なんぞをしました。その絡みでハジメ氏もお世話した一昨年のジェフ・マルダー来日時の話になって「あの時はジェフが日本に来る直前に体調を崩して、ツアー中はジェフの健康管理が大変でした。身体に良いって事で彼を温泉に連れて行ったりして」なんて話から、私が「アーティストをお世話する側からすると、エリック・カズはツアーに同行していてやり易い人ですか、やり難いですか」と訊ねたら「全然やり易いですよ。かえってエリックの方が僕に気を遣ってくれたりするんですよ。それもエリックは、相手に悟られないように気を遣うというか。だから、お互いに気を遣っている事が分からないように気を遣い合っているという状態が続いているんですよ。面白いでしょう? 」とのこと。そう言えば、神戸でホテルの出発前に少し時間があるからと、エリックと私が散歩に行った時、出発時間までに25分くらいあったんですが、10分くらいも歩いたらエリックが『もう戻ろうか。ハジメが心配するといけないから』なんて言っていたなぁと思い出しました。本人の前では『ハジメ、出てけ(Get out)』なんてしょっちゅう言ってるのにねぇ。「エリックさん良い人」談義で盛り上がり、「ぼちぼちエリックを起こしてもいいかな。部屋に電話してみましょう」とハジメ氏。短いエリックとの電話連絡の最後の方でクスッと笑って受話器を置いた後、私に「エリックがそこにPOOHがいるんなら、こう伝えといてくれって。『俺はお前のこと愛してる。でも、ここから出てけ(I love you. But, get out here!!)』。まさか本当にボクが伝えるとはエリック思ってないでしょうけど。アハハ」と言って、2人とも大笑い。そんな訳で、我々3人が外出すべくホテルのロビーに集合したのは、午後2時頃。考えた末、観光よりも先に南禅寺の豆腐料理の店に行く事にしました。

 話が少し前後しますが、ツアー中ずっとエリックをお世話しているトムス・キャビンのハジメさんは、エリックとの息もピッタリで、金沢公演を終えて京都入りした時には2人だけの「小ギャグ」ネタを幾つか作っていました。その1つに、偶然でもお互いの手や体が触れると、触れられた方が「Don't touch me」と言う、ってのがありました。「俺にさわるな」というよりも「私にさわらないで」って感じでほんの少しオカマっぽく、でも無表情で言うんです、エリックもハジメさんも。それがオカシくって、クダラないんだけれどハマると何度聞いても笑っちゃうというヤツです。それに、いつの間にかハジメさんはエリックから「ソーセージ・マン(sausage-man)」と呼ばれ、「ソーセージ・マン」「ラーメン・マン」なんて呼び合っています。楽しそうなんで、ホテルの玄関でタクシー待ちをしていた時に私が思いついて「ハジメさんはソーセージ・マンで、エリックはラーメン・マンだ。それなら僕は今日、POOHさんなんて呼ばれたくない」と宣言(?)したら、それを聞いたエリックが即答しました。「モチロン、きみはPOOHさんなんかじゃない。きみはトーフ・マン(tofu-man)だ!!」と。それで、私はその日1日「豆腐マン」と呼ばれる事になりました。

 タクシーに乗り込んだ3人は、南禅寺へ。車中でエリックは「本当に良い天気だ」と言い、我々も「Yeah」。すると一言「Monday!!」とエリックが言ったので、私が「Rainy Days and Mondays...」とエリックの方を見て言ったら、こっちを向いて「Always Get Me Down」とエリックが続けました。これは、勿論ポール・ウィリアムスが作り、(彼のソロ・アルバムにも入っていますが)一般にはカーペンターズがカヴァーしてヒットした事で知られる「雨の日と月曜日は」のオリジナル・タイトル「Rainy Days and Mondays Always Get Me Down」。「雨の日と月曜日は」と私が言い、それに続けて「いつも僕を滅入らせる」とエリックが言ったという訳ですが、そんなタワイのない言葉あそびをしながら、南禅寺の店に到着。畳敷きの大広間の和室。座ぶとんに座り、あぐらのかけないエリックには背もたれも用意してもらいました。「豆腐料理の注文はトーフ・マンに任せよう」とか言われたんで、私が適当にコース料理を3人分オーダー。最初の料理が届く前にエリックが私に「せっかく連れてきてもらったレストランだけど、僕は疲れが残っていて食欲がなくて、今日そんなに沢山は食べられないと思うんだ」と少し申し訳なさそうに言うので「全然。好きな物、食べたいと思う物だけを食べたらいい。無理しなくていいですよ」と私。湯葉や味噌田楽(30センチはあろうかという長い串の先に味噌が乗っかった小さな焼き豆腐が2つ刺さっています。「What's this?」とエリック)やがんもどき、色々な豆腐料理が次々と出てきます。「ワォー, ワォー」と言いながら、豆腐関係のものと刺身は残らず食べていたエリックですが、天ぷらには箸を付けていなかったようです。最後に湯豆腐が煮立って食べ頃になったのを「Very hot. But, very delicious」などと言いながら、口に運んだエリックと私。でも、まだ20代後半のソーセージ・マンの食欲には勝てません。3人前分の湯豆腐に対して、最後は彼の独壇場(?)。それでも、鍋にはまだ湯豆腐が少し残っていました。お腹一杯になって勘定を済ませたあと、その店の離れにある日本庭園へ。金沢ではもっと大きな日本庭園を見に行ったそうですが、少し趣の異なる京都の庭園に「Oh, Japanese garden!!」なんて言って喜んでくれています。色鮮やかな大きなコイが沢山泳いでいる池があったのですが、それを見たエリックが「今でもウッドストックに住んでいる母親の家の池にも同じようなコイがいるんだ。最初はこんな小さかったのに、今じゃここのと同じくらいのでっかいサイズになってるよ」「60年代、まだ僕が10代の頃はウッドストックはニューヨーク市内に住んでる者にとっては週末に家族で出かけるのに最適な自然の豊かな郊外の田舎町って感じだった。17歳の頃、ティム・ハーディンを横に乗せて僕が車でウッドストックを案内した事があったな。彼は23歳くらいだったと思う。その時の僕から見ればティムは『大人』って感じさ」などと話してくれました。

 その「トーフ・レストラン」から南禅寺までは、歩いてスグの距離です。境内をのんびり散策した後、タクシーの拾える大通りまで出ることに。その間もエリックは持参のカメラで、カシャカシャ写真を撮っています。カメラを空に向けて、カシャ。雲もまばらな快晴の京都の空。エリックがレンズを向けた方向は、本当に雲ひとつない「青空だけ」という感じ。「へぇー、そういうのを撮るのかぁ」と思っていると、ハジメ氏が「エリックはね、東京には東京、金沢には金沢。それぞれの土地で空が違うって言うんですよ」と教えてくれました。「まぁ、こんなに広い空は東京ではあんまし見られないですねぇ。久しぶりだなぁ、こんな広い空を見るの」とハジメ氏。そんな話を我々2人がしているらしい事がエリックにも分ったらしく、「アメリカでも同じだ。それぞれの土地にはそれぞれの空がある」と私に説明してくれました。タクシーを待ってるとエリックが「大きな黄色のタクシー(Big Yellow Taxi)は走ってないのかな」と言うので「それはジョニ・ミッチェルの曲のタイトルじゃないですか」とツッコむと、ニヤリと笑って「確か『LADIES OF THE CANYON』に入ってたな。ジョニ・ミッチェルは知り合いでね。彼女のヴォーカルは大好きだ」とエリック。

 食事の前よりは明らかに元気になっているエリックですが、清水寺まで行って(月曜日とはいえ)観光客や修学旅行生も多いあの坂道を歩いたり境内の階段を上がり降りしたら、ドッと疲れてしまうんじゃないかと心配で「清水寺に行くのは止めましょうか」と訊ねたら「そうだな。豆腐料理も食べたし、お寺にも行ったし、もう充分に京都の雰囲気は満喫できたからね。同じ日に余りあちこち色んな場所に行くとそれぞれの印象が薄くなる。それに、今日は明日からのツアーの為に体を休ませる為のオフ日なんだし、ホテルに戻る方が良いかな」という事で、途中「キョート・クラフトワーク・センター」という(観光みやげのお店で売ってるような商品ではなくて)本格的な日本の工芸品がズラリと揃っている建物があるのですが、そこに行くのも止めてホテルに帰還。ロビーで「今日は楽しかった。これから充分休んで明日からのツアーに備えるよ」「どういたしまして。じゃあゆっくり休んで下さい」などと会話して、私はプー横丁に戻り、残っている仕事をやってから帰宅したのでした。「もし、エリックが夜になって食事でも、という事になったら都合で連絡してみて下さい」と伝えてあったのですが、午後9時頃にハジメさんから電話があり「今んとこエリックから連絡なくて、ずっと部屋で休んでるみたいです」との事で、明日のホテル出発と新幹線乗車の時刻がスケジュール表通りである事を確認して「お疲れさま」と言い合い、9月9日の京都での休日は、無事に終わりました。

 

※続きは「エリック・カズ初来日ツアー滞在記 / その6」

 

 
磔磔でのリハーサル風景

                        


南禅寺でエリック・カズとハジメさん
(2人の小指が立っているのに注目)

 

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