POOHの世間話コーナー

エリック・カズ初来日ツアー滞在記 その4

 - 京都磔磔の日 -

 翌日の9月8日(日)は、いよいよ京都公演。午後2時前に到着の、エリックとハジメさんが乗っている「雷鳥22号」を私はJR京都駅のプラットフォームで待っていました。2人の乗車している列車号数も知らされていましたので、その辺りで待っていたのですが、彼等が出て来た乗降口からは少し離れていた為、私よりも先に当夜のコンサートが行なわれるライヴ・ハウス「磔磔」のスタッフの方2人が彼等に歩み寄り、挨拶をして荷物等を受け取ろうとしています。エリックは私に気づいているのに、わざと「磔磔」の2人に向かって「POOHを探してるんだ。きみ達はPOOHが何処にいるか知らないか」と訊ねています。彼等が答えに窮しているので「エリック、僕はここです」と言うと「オー、ここにいたのか、POOH。元気かい」と1人で「小芝居」をやって上機嫌のエリック。時差ボケはどうかと訊ねると「もうすっかり取れた」との事。「磔磔」のお2人が用意していたヴァンに乗って、彼等が京都滞在中に宿泊するホテルへ。チェック・インする前に近くのラーメン屋さんに入って皆んなで遅い昼食をとる事になりました。ハジメさんによると来日以来ずっと日に一度はラーメンを食べてるそうで「I'm a ramen-man」と言っているエリックは、お箸の使い方も慣れたもの。「フランス料理のレストランなんかはファンシー過ぎて好きじゃない。こういう感じの店が良いんだ」と言いつつ、スープも残さず食べて大満足の様子。それから「磔磔」のお2人はリハーサル&サウンドチェックの時間を確認し、ギターをヴァンに積んで立ち去り、エリックとハジメさんはチェック・インすべくホテルへ。ホテルの建物内に足を踏み入れた時、私が「以前にリヴィングストン・テイラーが来日ツアーをやった時も京都はこのホテルに泊まりました」と言うと「なら、別のホテルを探そう」と帰りかけるフリをするエリック。沢山の荷物を持っているのに、そんな事はお構いなし。気が向くといつでも「小芝居」してボケ倒すお茶目なエリックです。

 ハジメさんは部屋でしないといけない用事があるとの事。それで、前日の金沢で腕時計のベルトが取れたのを修理したいと言うエリックは、荷物を部屋に入れるとスグに私と一緒に歩いて四条河原町の阪急百貨店に行ってみる事に。2人で歩いていると、エリックは独り言のように頻繁に日本語のおさらいをします。「スイマセン」「イマ、ナンジデスカ」「ハジメマシテ、エリック・カズデス」「コンニチワ」「コンバンワ」「ドモアリガトゴザイマス」「ドイタシマシテ」などと。で、「ハジメマシュテ」なんて言うと「ハジメ・マ・シ・テ」とダメ出しをするのが、いつの間にか私の役目になってしまいました。特に「スイマセン」は「I'm sorry」と「Excuse me」の両方の意味に使える事に興味を持っているようでした。それで私が「ジョン・レノンのソロ・アルバム『MIND GAMES』の中に「アイスイマセン」って曲が入ってるのを知ってますか」と訊くと「いや、知らない」というので「ア〜ア〜アイ、スイマセ〜ン」とリフの箇所を歌ったら「アハハ。ア〜ア〜アイ、スイマセ〜ン。こんな感じ?」と彼も続いて歌いました。その時の通りは歩く人もまばらでしたが、考えてみれば本当に妙な2人連れです。

 もうすぐ四条河原町という所で、突然彼が「ここでも時計は売ってるんじゃないかい?」と立ち止まりました。見ると「街の時計屋さん」という風情のお店。私が「すみません」と店内に入ると、続いて「スイマセン」とエリックも入ってきます。お店の年輩の女性に取れた時計のベルトを診てもらい、交換用の新しいベルトが幾つも並んだケースの中から合うのがあるか見ることに。「クロコダイルの皮はイヤなんだ。えーっと、これが今使ってるのとよく似てるな。これにしよう」と黒いトカゲ皮の物を選びました。それには3000円という値札が付いています。京都は今でも古い個人商店などは消費税を取らない(というか、つまり内税表記の)お店も多いので、私が「お幾らですか?」と念の為に訊ねたら「1800円です」と、そのお店の女性。「えっ、1800円にして頂けるんですか!?」と少し驚いて確認しようとすると、彼女は「今、サービス期間中ですから」と愛想よく私に説明しながら、新しいベルトを彼の時計に取り付けて下さいました。エリックに定価3000円のベルトを4割も安くしてもらえた事を伝えたら、エリックは彼女に「ドモアリガトゴザイマス」。すると、彼女はエリックに向かってハッキリとした口調で「サービス、サービスキカンチュー」と言いました。

 それから、阪急百貨店にも一応行ったのですが、若い女性向きの店ばかり。しかも日曜の午後4時台で店内は人で一杯。エリックは余りオシャレな店は好きでなく、人ごみも苦手なようで、即「ホテルに戻ろう」という事に。そして、サウンドチェックに出かけるまでに30分余り時間があったので「少し休んでおきたい」と彼は部屋へ。私はロビーで持参の文庫本を読んで暇つぶしをしていました。30分ほど経ってハジメさんの姿が見えたので、ベルトの一件でもってエリックの機嫌が良い事を伝え、彼が降りてくるのを待ちました。程なくして現れたエリックと共に我々は徒歩で磔磔へ。途中、エリックの年齢の話になり、ハジメさんは、エリックと私が同い年じゃないですかと言いましたが、「いや、そんな事はない。アーティ・トラウムと同年代の筈だし、今確か50代後半でしょう」と私。エリックに何年生まれか訊いたら1946年生まれとの事で、そういえば『1000年の悲しみ』の解説を書く時にエリックに確認した事を思い出しました。エリック曰く「若い女性から年齢を訊かれた時は1951年生まれと答える事にしている」と、またまた冗談。でも、少しマジな表情になって「もうオールド・ガイさ。だからツアーはキツイんだ。でも、今度のアルバム『1000年の悲しみ』のプロモーションをしたいと思って日本に来てるんだし、頑張ってるんだよ」とも。嬉しい事を言ってくれます。

 「磔磔」に着くと、ステージの後ろには今回のツアー・チラシにプリントされた彼の似顔絵を模した看板がかかっています。「磔磔」のスタッフの方の力作で「ジェフ・マルダーの時も頑張りましたけど、今回のエリックさんの看板も頑張って描きました。大ファンなんです」との事。「磔磔」に常設してあるのはアップライト・ピアノのはずなのに、何とグランド・ピアノがデ〜ンとステージに置いてあります。「あのグランド・ピアノは?」と訊くと「エリックさんに気分よくライヴやってもらおうと思って頑張って借りてきたんです」と嬉しい言葉。勿論、エリックにはそんな事は誰も知らせていなかったのでしょうが、とても気持ち良さそうに、そのピアノを弾いています。ギターはともかく、アコースティック・ピアノに関してエリックはかなりのこだわりがあるみたいで、良いピアノだとプレイしている時のリラックス度も随分違うようです。サウンド・チェックの時にまだオリジナルを聴いた事もないのに、前述のジョン・レノンの「ア〜ア〜アイ、スイマセ〜ン」と鼻歌まじりに歌ってました。それからエリックとハジメさんの2人はホテルに戻り、休憩。公演2週間前くらいに確認したら前売りチケットの売れ行きが普段より遅いという事で心配だったのですが「磔磔」の店長、水島氏に訊くと「この1週間でメールの予約がかなり増えて、当日(券)で入るお客さんもいるやろし、結構一杯になるんと違うかなぁ」との事。その通り、会場前に並んで待っていたお客さんが入場してから後も、次々と途切れることなく入ってきます。

 エリックとハジメさんが再び「磔磔」に戻って来たのは開演間際でしたが、その頃には補助(というか追加の)イスを出したり、お客さんのオーダーを聞いたりと「磔磔」のスタッフの人達は大忙し。私は『1000年の悲しみ』のCDとトムス・キャビンさん制作のツアー・Tシャツ販売のコーナーに1人立っていました。CDやTシャツを買って下さる方、「プー横丁の方ですか」とか「お久しぶりです」と声をかけて下さる方とお話したりしてるうちに、慌ただしい中にもライヴ前の興奮が次第に高まってきます。そして、場内の照明が落とされ、ハジメさんに誘導されてエリックが2階の楽屋から階段を降りて登場。割れんばかりの拍手と歓声。神戸「チキン・ジョージ」で一度見ているとはいえ、プー横丁&スライス・オブ・ライフのいわば地元である京都でエリックがどんな演奏を聴かせてくれるのか、とても気になります。「頑張ってくれよ、エリック」と祈らずにはいられませんでした。

 エリックは本当に素晴らしいライヴを見せてくれました。お客さんのノリも良く、1曲1曲の歌に上手く反応してステージと客席が次第に「ハイになって」いってる感じ。「ファンの人によく訊ねられるんだ。『エリック、この30年間何をしてたの』ってね。曲を書いてたんだよ」という説明をしてから歌ったランディ・マイズナーとの共作曲「Hearts On Fire」の時の、お客さんの最後まで一糸乱れぬ手拍子も素晴らしかったなぁ。あの手拍子でステージと客席がグッと「一つ」になって、エリックの表情も更に生き生きとしてきたんですよね。ジョージ・ストレイトやベス・ニールセン・チャップマンがレコーディングしたエリックの曲なども京都公演ではフル・ヴァース演奏せずに、メドレーのようにしてダイジェスト版っぽく歌っていて「公演を重ねるごとにファンの反応を見ながらマイナー・チェンジを加えて、更に喜んでもらえるライヴにする為に色々と工夫してるんだなぁ」と感心した次第。それに、とても印象的な未発表の新曲「Watching Picasso Paint」を披露してくれたのも、エリックから当夜のお客さんへの大きなプレゼントだった事でしょう。結局、京都でのライヴはアンコールも入れると105分を超える長いステージになりました。ライヴ終了後のお客さん1人1人の満足しきった顔、顔、顔。その後のサイン会に長蛇の列ができたのは言うまでもありません。

 

※続きは「エリック・カズ初来日ツアー滞在記 その5」へ。

 

世間話の目次に戻る

プー横丁のトップページへ

SLICE OF LIFE トップページへ