POOHの世間話コーナー

エリック・カズ初来日ツアー滞在記 その2
- 神戸チキンジョージにて -

 翌日9月6日は神戸公演。あいにく朝から雨がパラつく天候でした。いつもより早く仕事にとりかかり、プー横丁の通常の通販業務もしつつ、当夜のCD販売その他の用意をして神戸へ。会場であるライヴ・ハウス「チキン・ジョージ」に午後4時過ぎに着くと、エリックはリハーサル前のマイクのセッティング等をやり始めていました。広いスペースのチキン・ジョージでは、特別のセッティングが考えられ、グランド・ピアノをステージから客席へ下ろしてお客さんがエリックを囲むような形で、エリックと同じ目線でのステージングが用意されています。エリックの立ち位置から離れた舞台の後方で、私は暫くその様子を見ていたのですが、そのうちハジメさんもエリックも私に気づいたようです。エリックには日本に来る少し前に、私の写真(昨年の夏、ウッドストックに行った時アーティ・トラウムの家でジョン・ヘラルドと並んでいるところをアーティが撮ってくれたもの)を「ジョン・ヘラルドじゃない方が僕です」と書いて送ってありましたけれど、実際にエリックと会うのは当夜が初めてのこと。「やあ、POOH」「日本にようこそ。遂に会えましたね。東京の初日のコンサートはどうでした? 一杯のお客さんだったんでしょう?」「ああ、最高だった。オーディエンスも最高。用意してくれたグランド・ピアノも最高。サウンドも最高だった。あそこなら、あと6回続けてコンサートをやってもいい」「でも、90分間も休憩なしで歌ったコンサートの後、大勢のファンにサインもして、かなり疲れたんじゃないですか?ハジメさんからそう聞いたけれど」「いや、そんな事はない。ハジメはウソつきなんだ」「えっ?」「ハジメはウソつきなんだ。私は全然疲れてなんかないよ」と、すぐ横にハジメさんがいるのを承知で「ハジメはウソつき」を連発するエリック。それを「またいつもの調子が始まった」という顔で軽く笑いながら見ているハジメ氏。「今夜コンサートを見たら、その様子をアーティ・トラウムにメールで知らせようかと思ってるんです」「アーティ? 彼はウソつきだ」「アーティがウソつき?」「イエス、アーティはウソつきだ」「OK。もしもハジメさんが言ってたように休憩なしのステージを毎回やって疲れてるのなら、来週金曜に予定している音楽雑誌の取材はこれ以上オファーがあっても断る事を考えていたんですが」「いや、大丈夫。何社でもインタビューは受けるよ。大丈夫さ、どうせウソばかり話すんだから」.....と、まぁこんな調子で。文字だけを読むと「エリックは、なんて不埒な言い方をする人だろう」と思われるかもしれませんが、上記のような事をヘラヘラしてる感じじゃなく、それほど表情も変えずにエリックはしゃべるんですね。何ていうか「ちょっと悪ぶってみせる」というか。要するに「bad boy」を演じてみせて、それに驚く相手の反応を見てちょっぴり楽しんでる、というような。エリックの言ってる事が彼の本心じゃなくて、それが彼お得意の「日常会話スタイル」だという事が解りましたので、それ以降は私も「それ」に付き合う事にしました。「で、アコースティック・ギターは何を持って来たんですか?」「いや、持って来なかった。トムス・キャビンが用意してくれたのを使ってる」「あ、そう。ギターを持って来なかったんですか?」「ああ」「その代わりにあそこに置いてあるグランド・ピアノをL.A.から持って来たんでしょ」と私が言うと、ニヤリと笑い「そうさ、1人で日本まで運ぶのは大変だった。こんな風に抱えてね」と嬉しそうにウソぶくエリック。幾つか冗談を言い合っていましたが、エリックが真面目な表情で私にこう訊きました。「今夜ここに来るオーディエンスは、私のファンかい。それともライヴ・ミュージックを聞きながらこの店で食事をしたりお酒を飲んだりする為に来る人達かい?」と。「勿論、みんなエリック・カズ・ファンばかりですよ。今夜のコンサートを楽しみにしている熱心な音楽ファンがエリック・カズの演奏を聞く為にやって来るんです。間違いない。僕が保証します」と答えた私。「それならいい」とエリック。前夜のコンサートとはまた雰囲気の変わった会場に立ったアーティストというのは、そういう事が気になってくるものなんでしょうね。そうこうするうちにサウンド・チェックが始まり、エリックは手早く、しかし入念にマイクの位置やモニター・スピーカーのヴォリュームや音質のチェックをしていました。

 コンサートは素晴らしいものでした。某楽器店から借りているというマーティンD-15を使って歌う曲を『1000年の悲しみ』にアコースティック・ギター弾き語りライヴ・ヴァージョンが入っている「Tonight, The Sky's About To Cry」も含めて5曲ほどやったんですが、またそれがメチャクチャ良かった。カポ(ゴム・カポでした)も使うけれど、チューニングはずっとオープンDの1種類のみ。ピアノと酷似したヴォイシングが得られるから「このチューニングが最適で一番好き」とのことで、最小限の左手の動きで歌のバッキングに心憎いほどフィットしたフレーズが次々と飛び出すんで私の目はギターに釘付け。サウンド・チェック&リハーサルの時も同じ状態だったので、私の視線が気になったのかエリックが「僕のギター・プレイを聞いてどうだい、POOH?」って訊くから「ホームスパンで教則ビデオを出したらどうですか。そしたら絶対に買ます」と応えたら、ニターッて笑ってました。

 「コンバンワ、ミナサン。ハジメマシテ」「ドーモアリガト」以外にも「Angel」を歌う時に「ツギノキョクハ『テンシ(天使)』デス」などと紹介したりして、前夜の東京公演で自分の話す日本語が立派に通じる事が分かって、自信を持って話してる感じ。コンサートの半ば位だったでしょうか。短いイントロに続いていきなり「Love Has No Pride」を歌い出したら、会場はウワッと一瞬どよめき、「歓喜の拍手」が短く鳴り響きました。私が見なかった他の公演でも恐らくそうだったろうと思いますが、特にこの「Love Has No Pride」では水を打ったような静けさで、演奏し終わった後に「歌ってくれてありがとう!!」というような感謝の拍手と歓声が鳴り止みませんでした。「Mother Earth」ではリフの「Mother Earth」のところをお客さんも歌い、終始和やかな雰囲気。ジョージ・ストレイトやベス・ニールセン・チャップマン、マイケル・ボルトン等がそれぞれ録音してるエリックのオリジナル曲も歌うという、予期しなかった嬉しい「オマケ」もあって私は大コーフンしてたんですが、エリックがカントリー・シンガー、ジョージ・ストレイトの話を「There's a man from Nashville, George Strait」と話し始めた時に客席から殆ど無反応だったのが、エリックはかなり意外だったようです。今から30年前の1972年に発表した『IF YOU'RE LONELY』のアルバムを大抵の観客が持っているという熱心な音楽ファンが、ジョージ・ストレイトを知らないのは彼には理解しにくい事だったのでしょう。『1000年の悲しみ』のCDブックレットに掲載した「ハロー・ジャパン」の中でエリック自身が書いている通り、エリックのオリジナル作品(ナッシュヴィルのソングライター、スティーヴ・ドーフとの共作)「I Cross My Heart」は、(今からたった10年前の)92年に公開された同名の映画のサントラ盤として発売されたジョージ・ストレイトのアルバム『PURE COUNTRY』からシングル・カットされた曲で、見事ナンバー・ワンを獲得した大ヒット曲。ジョージ・ストレイトはその映画に主演もし、アルバムも特大のヒットを記録しました。当時の(いや、今も)アメリカでは特にカントリー・ファンでなくてもジョージ・ストレイトの名前は誰でも知っている程のビッグ・ネームであり、スーパー・スターなのです。

 休憩無しで90分間、約20曲をノンストップで歌い終えたエリックは、さすがにかなり疲れたようだけれど、ファンの興奮ぶり&歓迎ぶりは、彼にも充分に伝わっているので、とてもリラックスして楽しそうで、晴れ晴れした誇らし気な表情をしていました。コンサート終了後のサイン会も大勢のファンが長い列を作りました。エリックは1人1人のファンと握手し、希望した人にはその人の名前も書き添えています。全精力を出し切ったライヴ・パフォーマンスの後で、普通ならとてもそこまで出来るもんじゃありません。それをずっと笑顔を絶やさず、やっているエリック。見ていて私は静かな感動を覚えました。あるファンの方がその時の事をこんな風に書いて、後日メールで送って下さいました。「......それと感心したのはその人柄です。演奏終了後のサイン会で、サインだけでなくひとりひとりの言葉に耳をかたむけて話をしてくれたことでした。こんなに心があったかくなったライブははじめてでした。今度来る機会あれば、それまでに歌詞をおぼえて一緒に歌ってみたいです」

 コンサート終了後は京都に戻る予定でしたが、エリック以外に3人しか出席しないらしい打ち上げにチキン・ジョージの方が私をお誘い下さったので、京都行きの最終電車の時間を気にしながら途中で先に帰ったりしちゃ余りに失礼だよなぁと思い、同じホテルの一番安い部屋に泊まることにして、打ち上げに参加させて頂くことにしました。当夜の主役であるエリックがアルコール類を全く飲まないので、私も気兼ねせずに彼と同じウーロン茶をオーダーしました。ワイワイガヤガヤの打ち上げが終盤を迎えた頃、明日のスケジュールの確認などをしていた時だったと思います。ハジメ氏は、打ち上げにも参加したお友達とどこか別の場所で「飲み直し」するらしく「明朝はゆっくり眠ります」と宣言。まだ時差ボケの残っているエリックでしたが、私に「明日の朝は7時過ぎに起きるつもりだから、起きたらPOOHの部屋に電話するので朝食を一緒に食べよう。もしも8時までに僕から電話が無かったら、POOHが僕の部屋に電話して起こして欲しい」と言ってくれました。こうして、長かった私の1日は終わったのでした。

 

※続きはエリック・カズ初来日ツアー滞在記 / その3

 

 

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