●ジーン・パースンズの『イン・コンサート: ホープ・ゼイ・レット・アス・イン』
 (スライス・オブ・ライフSLCD-1007)の12曲目に収録された「ステューデベイカー
 ・ストーリー/Studebaker Story」での彼のおしゃべりの邦訳です。

じゃあ、ここでひとつ思い出話など……私は砂漠で育ったんですが、子供の頃はあま
りモノが豊かじゃありませんでした。岩やトカゲやサボテンなんてのはいくらでも
あったんですが、TVはなくてですね……で、何をして遊んでたかと言うと、車なん
です。ありとあらゆる車に乗ってました。75ドルで買えるAモデル車を手に入れて乗
り回し、壊れたらまた次のを買ってという……。で、そうですね、17歳ぐらいまでは
そうやってあれこれ乗り替えてたでしょうか。親父が機械工場と修理工場を――つま
り砂漠で車の修理屋をやってたせいもあるんでしょうが。でもそんな私も、取って置
きの一台に巡り会います。ステューデベイカー――緑色の46年型ステューデベイカー
です。もともと6気筒なんですが、そのうち二本のシリンダーは完全にイカれてまし
た……で、エンジンがかかりにくいんだけど、お金がないからまともなバッテリーが
買えない、だからいつも充電は悪いままで。で、どうしたかって言うと、車を坂に停
めておいて、そうです、押すんです。ギアをセカンドに入れておいて、キーを回し、
ハンドルをちょっと動かしてみて、エンジン・ブレーキをはずし、クラッチを入れ…
…。そうやって町を走り回ってました。イェーイ……ヤッホー……緑のステューデベ
イカー、サイコ―!って。そんなある日、ちょっと寒い朝でした、いつものように外
へ出て、坂で愛車を押し、クラッチを入れました。でもエンジンはかかりそうでかか
ってくれない。もう一度クラッチを入れてみても、やっぱりエンジンはかからなくて、
そうこうするうちに坂の下まで来てしまったんです。そこから先は少し上りになって
いて、その後はまた急な下り坂です。そこで車を降りて後ろに回り、背中を預けて車
を押し、なんとか上り坂を越そうとしました。そうすればその先は勝手に転がってく
れますからね。もうとにかく町へ出たいっていうその一心で――。でもうまくいかな
い。土曜の朝で時間も早かったし、親父もまだ起きてきそうにない。そこでいったん
家に戻って、親父の車のキーを拝借し、'37年型Chevyのピックアップに乗りこみまし
た。それで町まで行こうとしたわけじゃなくて――ちょっと派手な車だったんで――
ステューデベイカーを押して坂を越せないかと思ったんですね。考えたもんでしょう? 
勝手に走り出さないように、ギアはセカンドに入れたまま。そうしてガツンとバンパ
ーに、親父の'37年型Chevyでバンパーにガツンとやって上り坂を越えた。そこまでは
よかったんですが、なんと、排気管から煙が上がってるじゃないですか――そうなん
です、キーを戻しておくのを忘れてたんですね……。ご存知のようにああした車には
エンジン・ブレーキが付いてるんですが、それもはずれたままになっていて。そんな
わけで我がステューデベイカーは見事にエンジンがかかって、走り出したわけです。
私は親父のChevyから飛び降りて、ステューデベイカーを止めようと後を追いかけまし
た。車は隣の家の納屋目指してまっしぐら……。そうこうするうちに親父が起き出し
てきました。窓の外を眺めながら、新鮮な朝の空気を味わって、オレンジジュースを
飲み、軽く体操なんかして、さえずる小鳥たちを眺めている、その目の前を緑のステ
ューデベイカーがすーっと通り過ぎ……後から息子が血相変えて走ってくるという…
…。で、私はとにかく追いかけたわけですが、車のドアが開かない。もともと開きに
くいドアだったんです。でもなんとか追いついて、引きずられながら、ドアの取っ手
をガチャガチャやって、心臓は今にも破裂しそうで、そうしてやっと中に乗り込み、
ブレーキを踏み込んだ――。停まったときには、ステューデベイカーのフロント・バ
ンパーと隣の家の納屋の間には隙間ゲージすら入らないほどでした。私は車を降りて、
ああやれやれ助かったと思いながら、息を切らして、ぞっとしてた。そこへ裏口の網
戸をバタンと言わせて、親父が出てきたんです。そして言った言葉が「やるじゃないか
!」です。私はちらと親父を見ました。親父も私を見て、側へ来て……「最初の所を
見てなかったんだが、もう一度やってくれんかね?」……とまあそんなわけで、私は
いつかこうした体験を映画にしたいと思ってました。子供のころテレビがなかったから
こそ起こりえた砂漠のいろんな出来事を……。ブラウン管の前でだらだら過ごしていれ
ば、とてもあれだけの体験はできなかったでしょう。でも制作費を出そうと言ってくれ
る人が見つからない。何件か申し出はあったんですがね。でもこの出来事をもとに曲を
書いたんで、これからお聴きいただこうと思います。これはまさしくサウンドトラック
です……さあ、目を閉じて思い浮かべてみてください。寒い朝……緑色の……ステュ
ーデベイカーが出発します……。

 

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